光る髪がキリキリと巻きついて居る。
 古い錦絵、紙人形、赤いつまみの櫛の歯の黒髪、これだけの間に切ってもきれないつながりがある様に――又その間からしおらしい物語りが湧いて来はしまいかと思われた。
 雨のささやきに酔った様にお敬ちゃんは、机につっぷしてかすかな息を吐いて夢を見て居る。スーッとかるく出したたぼ、びん、耳から肩にかけての若々しいかみ。
 私はどうしてまあ、今日はこんなにウットリする様な事ばっかりあるんだろうと思いながら、長い袖でお敬ちゃんの首をかかえた。そして自分も夢を見て居る様に身うごきもしないでジッとして居た。いつまでもいつまでもおけいちゃんは目をさまさなかった。フッと身ぶるいをしてかおをあげたお敬ちゃんは、いきなり私のかおを見るなりつっぷしてしまった。
「どうして? うなされたの?」私はうす赤くなったまぶたを見ながら云った。
「イイエ、今までこんなに長い間、私はねてたんでしょう、随分何だ事……」
 こんな事をひっかかる様な口調で云って、肩をこきざみにふるわして笑った。それから二人でわけもなく笑い合いながらお風呂場に行った。
「顔を洗うだけネ」
 廊下でこんな事を云ったのに、あの何とも云われないお湯の香り、おだやかな鏡の光り、こんなものにさそわれてとうとう入ってしまった。湯上りのポーッとした着物[#「着物」に「(ママ)」の注記]をうすい着物につつんで、二人は鏡の前に座った。
「これからどうしましょうネ、なんかこんな時にふさわしい事がして見たい」
 私はうす赤な耳たぼをひっぱりながら云った。
「そんならお化粧すりゃあいいワ」
 雨の音にききほれてぽかんとした声で云った。お敬ちゃんはすぐに言葉をついで、
「お化粧のしっこをしましょうネ、それがいいワ、ネエ」
 こんな事を云って、あまったるい好い香りのするものや、ヒヤッとした肌ざわりの、それで居てたまらなく好い気持のものをぬられたりして変って行く自分のかおを目をつぶったまんま想像した。眉のあたりをソーッとなでて、
「これでいいんだワ、ごらんなさい」
 私はこわいものを見る様に、両手でかおをおさえて五本の指の間から鏡の中をのぞいた。
「マア」私はこう云わずには居られないほどきれいにあまったるい様なかおになって居る。
「何故こんなになったんでしょう。あんまり私らしくない――まるで年中着物の心配で暮して仕舞う娘の様
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