人の外の男としたしくしたのを女が悔いる様に私はよけい銀座の町にはげしいなつかしみをもってる様になったんでした。

     〔無題〕

 外には木枯しがおどろくほどの勢で吹きまくって居る。私は風を引きこんで出た少しの熱に頭中をかき廻される様に感じながら、わけもなく並んだ本の名前を順によんで行って見たり読む気もなくって一冊ずつ手にとったりして居た。
 ひがみ根性の様な耳なりはどんなにしてもまぎらせられないほどつきまとってシーンシーンとなって居た。
 だれにあたり様もない私は、いまいましそうに壁をにらんだり綿細工の狸をはじきとばしたりした。
「いやんなってしまう」
 私はわきの筆立にみっともない形をして立って居た面相をとって歯の間でそのこじれてかたまった穂をかんだ。恨んで居る様なゾリゾリと云う不愉快な音はあてつける様にほそい毛の間から起った。
 玩具のふくろうを間ぬけな目つきをしてポッポーと吹きならして見たり、とんだりはねたりもんどりうたして見たり、盛花の菊の弁をひっぱって見たりして、私はどれからも満足したふっくりした気分をうけとれないいまいましさに、いつものくせにピリッと眉をよせた。
 若し私のわきに私より小さな妹だの弟だのが居たら、訳もなくっても大きなこえで叱ったりつきとばしたりしたかもしれないほどムラムラして居た。
「せめてM子でも来ればいいのに……」
 この頃一寸もたよりをよこさないM子や、あとあしで砂をける様にしてそむいたK子の事等が身ぶるいの出るほど腹立たしく思われた。
「M子のたよりをよこさないのや、来ないのは、私は快く許してやるけれ共、Kのそむいたのがどうしてゆるしてやれるもんか……」
 わけをも云わずに毎日会う毎ににげて居る様な様子をするK子がたまらなくにくらしい。
「あの人と私は、どうせ違ったものになってしまうんだからかまうもんか……
 あの人は云いなり放だいに奥さんになって子供をポカリポカリと生んで旦那に怒られ怒られて死んでしまうんだ。それよりは私の方がまだ考え深い生活をして行かれるに違いない。
 マ、いいさ、どうせ人間同志のする事だ。たかがきまって居る」
 私はまけおしみの心でこんな事を考えた。
 私は一度妙な様子をされた人にこっちから頭をさげて「どうぞネ」なんかと云って又仲良くしてもらうんなんかって事はしたくない人間なんだから……
 独りぼっち
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