は胸の圧せられる心持がした。
×町というのは、彼女の生家の別名である。緩くり歩いて、四十分とは掛らない同じ区内にあった。その家に、ゆき子は、普通結婚した娘が、いわゆる実家を懐しがるのとは、また一種趣の異った心の絆を持っていたのである。
ただ、その庭の面影や部屋部屋の印象が、やや詠歎的に幼年時代、処女時代を思い出させるばかりではない。一度そこを追想すると、ゆき子の胸には、激しく、心も身をも引っくるめてそこで経験した「快適」への渇望が湧上った。
「何処でも得られる心持よさや、親切や、安らかさなどというものではない。何かまるで特殊なもの、あそこにほかないもの、それに触れさえすれば、自分の心は溌剌として、最上の活動を始める、その快よさ」が、磁石のように存在を知らせ、誘いよせるのである。
この、微妙な心理的の魅力が、両親や弟妹との、断ち難い血縁によるのは明であった。が、ゆき子の場合では、特に母親の感情が、重大な役割を持っていた。
娘に、殆どデスペレートな愛と希望とをかけている寿賀子は、結婚後も、ゆき子を世間並に良人の手にだけ委ねては置かなかった。彼女が、よく何かにつけて人にも、
「ほんと
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