ら」
 熱いものを飲まなければいけないとか何とか一頻りごたごたして、彼等が×町を出たのは、もうかれこれ十二時過ていた。電車も止った深夜の大通りを、さっさと早足で歩きながら、ゆき子は、新たな驚を自分の心に感じた。
「部屋にはあれだけ人がいたのに、先ず真先に、真木に何か異ったことのあるのに気付いたのは、この自分であった」――そこには無限の意味がある。彼女は、あれほど不愉快な思をし、あれほどはっきり「構やしない」と思っておりながらも、いざという時には真先に注意が及ぼすほど、内心に深く広く行き亙った自分の愛に、感激したのであった。――
 ゆき子の狭めた眼の前には、ありありと、紺色のコートに纏り、真木と歩調を合わせて歩いて来る自分の姿が見えた。遠くまで真直、なだらかな蒲鉾なりに延びた深夜の大通り。青や赤や黄色にキラキラキラキラ瞬いている色々な街の燈火が、柔らかく黒い夜の幕に、まるで彩った大きい頸飾のように連なって見えた様子。彼女は、亢奮して見上げた空に深々と星が輝いていたことから、白い雲が一ながれ、西風に吹かれていたのまで思い起した。
 周囲の情景は、如何にも印象深く甦って来る。――けれども、ゆ
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