き子は、思い起すと腑に落ちない気分がして来た。
「真木が間違っていると信じ、それを明にしようとして争った自分が、自分の愛の深さを知ったからといって……」
 何だか、彼の誤解なら誤解をその感激で許したというのではなく、一時の気分で紛れ忘れて、また、一切かまわず絡み付いて行ったような心持がした。
「それ故何かの機勢でまた不意とそれに気が付くと、同じ瞬間的な紛れ易い執念さで跳びかかって行くのではないだろうか?」
 亢奮の後には珍らしいことであった。ゆき子の心には、繰返し繰り返し感激したり怒ったりしている定見のない自分の愚かしさが、ぼんやりながら反省にのぼって来たのである。
 軽い夕食を取ると、真木は、
「少し歩いて来よう、寝られないといけないから」
とゆき子を誘った。
 彼等は家を出、賑やかな町並とは反対に、小石川台の奥へ入って行った。
 勿論、家つづきであった。けれども、人通りがなく、ほんのりと暗い土の路と空との間に、芽ぐむ樹々の芳ばしいしとやかな香を漂わせた小路の散策は、心を和らげた。
 ゆき子は、ほんとに心持がよかった。こうして良人に親切にされ、心遣われながら共に在ることは、殆ど官能的
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