望を失ったように見え、しんから自分の孤独を感じても、尚、深い切れない絆が彼と自分との間に結ばれていることは明かなのである。
暫くの間泣きしきったゆき子は、やがて彼女の泣きようの余り激しさに愕き不安になり同時に真剣になった良人の言葉や愛撫に、段々心を鎮められた。泣き尽してぼんやりとした頭を良人の腕に凭せかけ、うっとりと熱心な言葉に耳を傾けているうちに、何時かまた甦った愛の誓が、彼女の胸を安める。
最初自分の云おうとしたこと、彼に要求して、どうにかして貰おうと思った点などは、元のまま、変更もされずに遺されてしまったことは分っていた。が、とにかく、蟠っていた熱情を激しい爆発で燃え上らせ、やがて優しく鎮められることは、殆ど神経的に快い救済であった。
ゆき子は顔を洗い、痛々しく張れ上った瞼の上に薄すりと白粉をつけ、柱に靠《もた》れて外を眺めていた。
もう夕暮に近かった。四辺はほんのりと靄に包まれ、未だ暮れ切らない遠くの木の間に、チラチラと光輝のない街燈が瞬き出したのが見える。時々電車がベルを鳴し、疾風のようにどよめきの中を突駛《つっぱし》った。戸外がざわめき、遽しいために、家中は特にひっ
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