」
ゆき子は、丸く握りしめた両手で口を抑えながら、声を挙げて泣き出した。――
彼等の間に、こういう衝突、或は激浪の起ったのは、決して始めてではなかった。
原因は、事としては極めて些細なことが多かった。けれども、終は、いつもゆき子の気も狂うような慟哭になる。彼女は、勿論自分が激越し、正当な言葉や思考力を混乱させるのは知っていた。けれども、真木が、何と云っても、どう云っても感じない或る一点、そして、彼女はそこを明にしたいばかりに云っている、或る一点に揉み合うと、彼女は泣くほか感情の遣り場がなくなった。これが、自分の唯一人愛している者なのか、という、歯痒《はが》ゆさ、焦立たしさにゆき子は全く自制を失ってしまうのである。
彼等の結婚が、彼等自らの意志で行われたものだけに、斯様な場合の苦しさは、云い難い。ゆき子は、屡々全くの絶望に近づいた。今日も、×町で母と自分との間に交された会話の記憶が、一層彼女を狂暴にさせたのである。単純に絶望させられ、やがて絶交されるものなら、雑作なく解決はつくだろう。併し、ゆき子に真木を見棄てることは、恐らく、自分の眼を抉ることとともに不可能であった。どれほど
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