のを云うものではない」
「だってそうじゃあないの。分り切った用事のことほか、話す気もないようじゃあ、おしまいじゃあないの?」
仕事に戻ろう戻ろうとして、隙を見てはペンを取り上げていた真木は、この言葉を聞くと、からりと机の上に万年筆を投げ出した。ゆき子は、思わず、はっとした。恐しさに堪えないような気持がした。と同時に、必死な、何とでも闘おうとする猛々しさがこみあげて来るのを感じた。彼女は、到頭、避けよう、避けようとしていた衝突に、我から胸を突当ててしまったのである。
真木は、正面に、ゆき子と向い合った。そして、
「ゆき子」彼は強いて穏な言勢を執った。「何が不満なの? 議論することがあるなら、ちゃんと、順序を立ててしよう。矢鱈に亢奮したって分らないからね」
「――貴方は、私が何か云い出すと、直ぐ、先ず、亢奮するな、とおっしゃるのね。第一、そう定めてかかっては戴きたくないわ」ゆき子は哀れなほど激しい眼で良人を見た。
「私はね、貴方が、私の不満を御自分で感じて下さらないことが、不満なのよ」
「僕には、何にも不満はない」
「そう! あるべき筈ではない、と定めていらっしゃるのね」
「そうじゃあ
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