ったと感じずにはいられない点などで。不意不意と、彼女はその感想を洩したくなった。言葉にすれば、僅か十言か二十言がせいぜいであったろう。けれども、ゆき子が、ひょいと気に乗って、
「ね、貴方」
とか、
「まあ! 一寸」
とか云って首を擡げると、そこには何時も、彼方を向いて何かに熱中している良人の横顔ばかりがある。
長い間持ち越した集注ばかりでなく、彼女が、何とか一言云い懸けると同時に、さっと、邪魔されたくないと無言で示す、より緊張した表情が漲るのである。――
次第に、ゆき子の心持は、来なかったより悪いような有様になって来た。事は違っても、昨日と同じような種類の刺戟で、彼女の胸には、今までの蟠《わだかま》りが一時に甦って来たのである。この意識が起りかけた時、ゆき子は丁度、その小説の、最後の一齣にかかっていた。そして、主人公が妻に「お前は、あの男が薄馬鹿なのか猜いのかよく分らないと云っていたから教えてあげよう。彼奴は、しんから狡猾な男らしいよ」という短い文句を、家主に関して書き送った所を読むと、ゆき子の胸には、突然、何とも云えない羨しさが湧上って来た。上手とか下手とか、批評する余地などはな
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