た。表座敷のように陽気な庭や、晴々した遠くの眺望は欠けている。けれども、広い硝子窓越しに、低い常盤木の植込みを透して何時も変らぬ穏やかな光線が、空から直に流れ入っているのである。
 窓際に立ち、結婚の時友達から贈られた象牙柄の手鏡を取って、暫く自分の顔を眺めた後、ゆき子は、新刊の雑誌を読み始めた。
 その号には、彼女が、常々敬意を抱いている或る女流作家の創作が載せられていた。それを読もうとして、わざわざ、昨夜、書店から買って来たのであった。
 けれども、読みかけているうちに、彼女の注意はとかく散漫になった、書かれていることが詰らないのではない。周囲が喧しいのではない。併し、自分の中が、余りに騒々しいのだ。昨日《きのう》からの妙に拗《こ》じれた気分は、今朝になっても消えなかった。彼女は、一夜持ち越しただけ、あらゆる意味で、より悪性になった苦々しさ漠然とした憤懣を、やっと不自然な沈黙のうちに湛えていたのである。
 昨日は、激しい感情の反動に乗って、一途に良人が攻められた。けれども、今となると、そう一向には行かなかった。彼が、先ず第一に無愛想であったことも、成心があってなされたことでないのは
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