程度の上澄みが、僅に注ぎ出されるのである。
「それはいけなかったね」
 真木は、ゆき子を見、言葉を続けて、何か云いそうにした。が、それを控えて、
「手紙や何かは、皆持って来てくれたでしょうね。じゃあ、これは後のことにしてと、どれ」
 彼は立ち上った。
「荷物の始末でもしてしまおう。どうせいつまでも放っておくわけには行かないから」
 もう一休みは済んだと云う風に、真木は早速、鞄や箱を、縁側に持ち出した。
「はいこれも。――その襟巻はもういらないんだから、樟脳でも入れて仕舞ってしまう方がいいね。あっちでも使わなかったよ」
 後から後から出るものをそれぞれ平常の在場所に戻したり、洗濯物を分けたり、ゆき子は暫く遽しい時を過した。
 こういう時、持前の忠実《まめ》や細心を現して、先から先へと事を運んで行くのは、いつも真木の癖なのである。
 そうとは知りながら、ゆき子は如何にも詰らない気持がした。五日も会わずにいたのに、何の纏まった話もなく、一息つくと、せかせかとあっちこっちへ動き始める。――まるで、二人のためにどうするではなく、「家」のために、月並な良人と妻との役割を満そうとしているような物足り
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