という光彩のない挨拶だろう。暗い、激しい視線が、とかくちらちらと後を向いた良人の頭や肩に注がれるのを、ゆき子は強いて紛らした。
「今朝は間にお合いになったんでしょう?」
「ああ有難う、間に合った。……併し、何しろくたびれた」
靴を脱ぎ終ると、彼は外套をとりとり、大股に玄関の間を通り過た。
「久し振りに乗ると、全く電車はひどいね。参ってしまった。××から立ち通しさ」
「――まあ、そんな?」真木の無感興な原因が推察され、ゆき子は幾分心の和らぐのを感じた。
「余程前から帰っていたの?」
「いいえつい先刻《さっき》。――×町の方へいらっしゃるかと思ったんだけれど……。帰って来てよかったわ。――急にお帰りで皆さんがお驚になったでしょう?」
「ああ、何にしろ思いがけなかったからね、併し」
真木は、窮屈そうに白襯衣《ホワイトシャツ》を脱いだ。
「行って見れば、それほど大したことでもなかったんだね」
「何が?」
「××の用事さ」
「まあ! じゃあ、お帰りにならずとよかったの?」
ゆき子は、思わず良人を見た。
「そんなことはないさ。いつまでいたって同じ所だもの。却って思い切りよく立ててよかった。そ
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