き透き徹る歓びの玉のようになって、今にも現れる良人を待っていた。小さい家は、すっかり開け放され、到る所の隅々に踊る日光が迎え入れられた。彼女は、久し振りに自分の手で触られ、忽ち活々した弾力と愛らしさとを恢復したように見える部屋部屋に、それぞれ綺麗な花を飾りつけた。庭を掃き、水を撒き。小さい虹を抱いて転げ落ちる檜葉の露を見つめながら、ゆき子は、いつか、激しい緊張の合間合間に来る、奇妙な放心に捕えられていた。――
 ところへ、思いもかけず格子の開く音がした。ゆき子は、今まで自分が待っていたのを忘れたように、はっとした。身の竦まる思いがした。と、同時に素早く体を翻して、足音も立てずに玄関まで駆けつけた。彼女は、胸をどきどきさせ、笑い、口を開き、今にもそこが開いたら、跳びかかろうとする小猫のように、障子の際に蹲ったのである。
 たたきの上で、向を換える音がする。――狭い式台の上に、何かおいた気勢がする。――ゆき子は、心臓が飛び出しそうな気持がした。そして、一層体を引緊めた途端。前の障子は、いかにも曲のない、
「只今」
と云う声と一緒にさらりと引開けられた。息を窒め、覚えず膝をついて立上ったゆき
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