っていると思いやしなくって?」
「そう思うなら、お帰りな。――いずれ、××大学の方が済むのは、二時か三時頃なんだろうからそれまでに、ゆっくりあわてずにきめたらいいじゃあないか、――どれ」
 母は時計を見て立上った。
「もう直き先生がいらっしゃるから、一寸習っておかなければ……」
 彼女の習字の先生が、その日は十時から来ることになっていたのである。
「二階へ来るかい?」
「さあ……」ゆき子は、ぼんやりと母について立上った。
「どっちみち、お昼をすまして行くだろう?」
「――分らないわ私」
 昼を済して行ったらと云われると、ゆき子は、急に、真木の会議が十二時頃までに仕舞いそうに思われて来た。
 若し、正午に終るとすれば、確に荷物を停車場へ一時預けにしている彼は、それを取って、一番順路である△町へ来るだろう。一時過だし、電報は打ってあることだと思って戻った彼が、自分の家の前で立往生するのを想うと、ゆき子は放っておけない心持がした。どうしたらいいだろう? 考えながら、ゆき子は階子口に立ったまま、見るともなく、重そうに階子を昇って行く母の後姿を下から眺めた。段々上り切って、角を廻って見えなくなり
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