云う間もあらせず封を切った。おきまりの読み難い片仮名ながら、はっきりと、
「アスアサ九ジツク」
と書いてある。――
 ゆき子は、我知らず次第に微笑み赧くなりながら、激しい鼓動と共に、深い溜息をついた。

「ね、おかあさま」
 やがてゆき子は、強いて溢れ出るうれしさを抑えつけた明るい顔で、母に振向いた。一夜過ぎた今朝、彼女は信じられないほど、「よい母」になっていた。まるで、反動のように優しく落付いて、同時に、
「さあ、大変! 旦那様のお帰りだ」
とゆき子を揶揄《からか》ったほどの快活さまで取返していたのである。
 母の好機嫌で、一層の歓びを感じながら、ゆき子は問ねた。
「おかあさま、真木が真直にこちらへ来るとお思いになって? それとも△町へ行くでしょうか?」
「分らないね。――電車の都合は△町のほうがいいんだろう?」
「それはそうよ。だけれどもあのひとは鍵を持っていないんだから、若し、あちらへ行ったら入れないわ」
「馬鹿な人!」母は笑った。「それなら、一旦こちらへ来てから、△町へ帰るに定まってるじゃあないか、確かりおしよ!」
 ゆき子も、おかしそうに笑った。
「でも、若しか、私が帰って行
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