って、何か云い云い笑っている自分の姿が、あらゆる楽しさを聚めたように、輝く卵色の一点に、小さくはっきりと見えるのである。
「…………」
 ゆき子は、身ぶるいを感じた。ほんとに、良人の帰るのが待たれた。これほど、△町での生活をいとしく思ったことは今までただの一度でもあっただろうか。
 翌朝、ゆき子は、例にない時刻に床を離れた。
 そして、真先に顔を合わせた者に、
「電報は来なかって?」
と訊いた。が、返事は失望であった。
 顔を洗いながらも、あまり早くて自分の一人の食堂で新聞を拡げても、ゆき子には、そればかりが気にかかった。
 若し、出席の必要なし、とでも云って来たらどうだろう! 昨夜から、真剣に良人の帰京を待ち侘びるゆき子は、思っただけでも慄《ぞ》っとした。
 廊下に通じる扉が開く度に、ゆき子は恥しいほど、はっとして、何をしていても、素早く頭を持上げた。ただ、待っているのは猶辛いので、おちおち味も分らず、とにかく、皆と、朝の紅茶を啜っていると、いきなり、書生がひどい音をさせて、入って来た。手には、電報らしいものがある。
「来たの?」
 彼女は、手を延してそれを受取ると、
「有難う」

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