、感情の縺《もつ》れを起したことだけでも、全く予期には反していた。母も、勿論そうしようとは思わなかっただろう。自分とても、意企して惹起したことではない。けれども事実は、被い隠せない。真木が、彼の表情のかげに漠然と漂わせた危惧がすっかりそのまま、象《かたち》を具えて現れたと云っても好いのである。
然しゆき子は、自分の計画が失敗したことを、些も良人の前に自尊心を傷けられることとして、愧《はじ》る気にはなれなかった。意地を張って、何とか、彼とかよかった点を見付け出して説明しようとする気もなかった。しんから折れて、自分の心が安らかに棲むべき処は、矢張り「私共の家」ほかなかったことを、承認せずにはいられない心持がするのである。
自分が頑張って良人に譲歩をさせたことが、ゆき子には、今になって苦しいような心持がした。
自分達の、慎ましい簡素な日常を、更に新しい愛で思い返すと、女らしい献身《デボーション》がゆき子の渾心を熱くした。つぶった眼の奥では、ありありと、何故か冬の夜らしく閉め切った八畳の部屋が浮上った。明るい燈火、こもった空気の暖かさ。そこに、机に肱をかけてこちらを向いている良人と向い合
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