た。
「まだ分らないんだから、そんなに騒がないのね、いい子だから。――帰ったって、いいじゃあないの、またみよちゃんが来れば『今日は』って――」
ゆき子は強いて笑顔になった。
「そうだそうだ、兄さんと行って、沢山御馳走をしてお貰い。それにしても、御飯を食べない子なんかは厭だとおっしゃるぞ」
父も傍から、面白半分にゆき子を助けた。稍々陰気になった一座の気分は、それやこれやで、何時とはなく転換された。
偶然か、或は意識してか、平常よりは一層気軽な父と、釣込まれた妹との懸け合いで、とにかく晩餐は、笑のうちに終ったのである。
併し、ゆき子は、その時ばかりは×町へ来て始めて味のない食事をした。
団欒のうちを、そっと部屋に引取って来ると、彼女は泣き出したいほど△町の家の恋しさに攻められた。うるさいと思ったり、つまらないと感じたりした自分達二人きりの家、その家の日々の暮しが、まるで、魂を吸い取るように懐かしく思い出されて来たのである。
あれほど希望に燃え、意気込んで来たことを思えば×町での万事は失敗だと云える気がした。
第一、仕事は相変らずちっとも出来ない、より深い憂鬱を感じる。――母と
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