難い苦しさを与えた。彼等は、母の語調から、何かただならぬ気勢《けはい》を感じたのだ。そして驚きと知りたさとで、箸を持っている手を止め、眼を瞠《みは》って、姉の素振りに注目しているのである。
「そうか、必要なら帰って来るだろう、まあいいさ」
訳が分ると、父は淡白に葡萄酒の杯を挙げた。けれども、弟妹、とくにみよ子は、決してそうさっぱりとはすませてくれなかった。
姉の云うことに耳を欹《そばだ》てていた彼女は、やがて母と姉とを等分に見ながら、疑しそうに、
「ゆきちゃま、帰るの?」
と質問した。そして、傍から、ゆき子が何と云う間もなく、
「ああ、お帰りになるのよ」
と母の返答を受けると、いきなり貫くような大声で、
「ゆきちゃま帰っちゃいやあ」と叫んだ。そして、箸も何も持ったまま姉の傍に馳けつけて、半分体を凭《よ》りかからせながら、手をぐいぐい引張って、「帰らないのよう、よ、ゆきちゃま帰らないのよ」と、強請み始めた。
半分、母の顔色を眺めているような妹の態度から、ゆき子は、純粋に、その引止めを嬉しく感じ得なかった。彼女は、力のある小さい手を押えながら、
「静にするのよ、静にして頂戴」
と云っ
前へ
次へ
全61ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング