裏を返した。文句は肉筆で書かれているのみならず、「是非とも」の四字には、特に朱で二重圏点さえ打ってある。
 ゆき子は暫く考えた。
「ただ、留守です、ぎりでいいかしらん……」
 彼女の頭には、閃くように、電報を打とうという考がうかんだ。
「若し、帰った方がいいと思えば、便宜の汽車を見出して間に合うように戻るだろう。若し、必要がなかったら――勿論、予定の十日をいて来るだろう……」が、後の場合は、彼女に十が一も無さそうに思われた。
 ゆき子は、やがて葉書を持って母の居間へ行った。彼女は、裁つもりものをしている母の傍で、相談をしいしい電文を作ろうと思ったのである。
 六畳の、平床に花鳥の淡彩をかけた部屋の中は、静に落付いている。母は、懸け鏡に綺麗な耳の辺から髷の辺を照返しながら、ひっそりと地味な絹物をいじっていた。ゆき子は、入って行きながら、
「おかあさま……」
と呼んだ。
 母は、やや沈んだ、併しすっかり平静に戻った顔を振向けた。
「なあに?」
「あのね、今、こんなものが来たのよ」拡がった布をよけて、傍に坐りながら、ゆき子は葉書を見せた。「云ってやらなければいけないわね。どう?」
「そうさね
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