、何か、相当な用らしいね」
「ただ、いませんだけでは済まないわね? 私電報を打とうかと思うの? その方がいいでしょう?」
「何て?」母は、再び布地に物指しをあて始めた。
「何てって……」ゆき子は、母の無感興を感じ、困った気持になった。
「こうこう云って来たが、帰るかって訊いてやるんじゃあないの?」
「――いいだろう……」
「じゃあそうするわね。……何て書いたら好いかしらん」
 ゆき子は、針箱の傍に頼信紙を展べ、その上に窮屈そうに屈みながら、頻りに指を折って、要領のよい電文を拵えようとした。けれども、彼女の心を冷したことは、母が一向親身になって、相談に乗ってくれないことである。ゆき子が、一生懸命に、
「ね、おかあさま、これですっかり意味が通じるでしょうか?」
と問ねても、「もっと好い云い方を教えて下さらない?」と頼んでも、彼女は、糸じるしをつけながら、ただ義務的に、「そうだね」とか、「さあ……」とか呟くばかりなのである。そればかりか、余り幾度も、娘が同じ文句を繰返し繰返し考えているのを見ると、彼女は殆ど怒ったような調子でつぶやいた。
「子供にやるんじゃあなし、いい加減で好いじゃあないか。
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