ると、却ってまごついてしまうわ」
「それはそうだとも――気なんか揉みはしないがね」
 そう云っても、ゆき子は、母の沈んで行く表情を見逃すことが出来なかった。
「どうせ落付いて一年も経たなければ、仕事なんか到底纏まるまいとは思っていますよ。ゆきちゃんは、私なんかより余程男らしいようでいて、また、しんから、女のところがあるものね」
「それはそうかもしれないわね」
「そうだとも……とにかく、何だね、今のような調子で行ったんじゃあ、一年経とうが二年経とうが、到底仕事なんかはおぼつかないね」
 寿賀子の顔には、急に何ともいわれない自棄的な色が現れた。何が原因となったのかは分らないが、彼女は、これ等の言葉をまるで昨夜一晩じゅう思いつづけていたに違いないような確かさと、冷かさとで云い切ったのである。
 思わず母の顔を見、ゆき子は、胸を貫かれる思いがした。
 今の今まで、彼女は自分ではその怖ろしい想像に怯え抜いていたのではないか。それを、さながら裏書するように、面と向ってしかも母に、こう云われることは堪らなく辛い。恐ろしければ恐ろしいほど、彼女はそれを平然ときき流すことが出来なかった。
「何故そうお思
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