振りになっている中に、その樹ばかりは、つややかな槇の葉がくれに、さながら、臙脂茶の絹色をかけたような若芽を美しく輝やかせている。しかし、それを眺め愉しむには、彼女の心持は、余りに切迫したものであった。
正直にいえば、彼女には、母のそこに来た訳が推察し兼ねた。何か用があるなら、それだけを早くすませて、一刻も早く独りになりたい気持が、激しくゆき子をせき立てた。彼女は、母の気を害うのを虞《おそ》れながらも、
「何か御用だったの?」
と反問した。
「用じゃあないがね、どうしているかと思ってさ。――」
寿賀子は、娘の顔を見た。そして、忽ち娘の焦燥に照返されたように、微に表情を換えながら先に続けた。
「それに、昨夜も寝られないでつい種々考えたんだが、若し、ここにいる方が気分が纏まるようなら、当分いるのもよかろうと思ったのでね。――出来そうかい?」
ゆき子は、声を出すより先に、自分でも心付くほど陰気な笑顔になった。
「あんまりうまくも行かないわ。――でもね」母の心持を思いやって、ゆき子は強いても張のある声を出そうとした。
「余り心配なさらないで頂戴よ。今によくなるから……あんまり傍で気を揉まれ
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