共に真木の存在や気分を勘定には入れてくれない。若し、自分が、このまま一生居据ると云っても、恐らく誰一人それを真木のために愕きかなしむ者はなかろうと思うほどの皆の雰囲気が、却てゆき子をしんから悲しくするのである。
床に就くまで部屋に籠っても、ゆき子は仕事に関して、一行の纏った収穫も得なかった。
真木から来た絵葉書をまた丁寧に繰返して見なおしたり、思うともなく×県の、倉座敷で、蘭や夾竹桃の生えた家を思い出したり……、彼女の目の前には、何か云って笑いながら頭を振る良人の顔つきが、身動きをすると胸の痛むほど鮮に甦って来る。
ゆき子は、余り心がさしせまると、そっと雨戸をあけてとめどもなく、月のない庭を歩き廻った。
大きな青桐のかげ、耳を澄すと微に葉ずれの音のする椿や槇のこんもりした繁み。――雨戸を閉め切った大きな家は、星の燦く空の下で、悲しく眠り傾いたように見えた。
――丁度、×町へ来てから五日目の朝であった。
ゆき子は、珍らしくその日は起き抜けから創作欲の亢奮を覚えていた。前夜、晩くまで読み耽った或る科学者の伝記が、持病になりかけた彼女の感傷を追払った。二三日来とかく頭を曇らしてい
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