たのである。

        二

 ×町での歓待は、何だかゆき子に、漠然と極り悪さを感じさせたほど、深甚なものであった。
 七つになる妹のみよ子などは、朝幼稚園に出て行がけに、定って靴を穿きながら、
「ゆきちゃま、今日もいるの?」
と姉に問《たず》ねた。
「ええいることよ、何故?」
 ゆき子は、式台の上で蹲《うずくま》り、笑いながら、妹の小さい肩や手の運動を眺める。
「幼稚園から帰るまで帰らないでいらっしゃる?」
「大丈夫! きっと帰らなくてよ」
「いるのよ! ねえ、ねえ」
となおなお念を押しながら、書生に伴をされ、おかっぱの頭で振り返り振り返り植込みを曲って行く姿は、ゆき子に、訳の分らない涙さえ浮ばせた。
 献立には、特に彼女の好きなものが取入れられた。風呂さえ毎晩、ゆき子のために、火を入れられた。そして、影の形に添うように、母は、飽きない話の無尽蔵で、娘を賑わした。ゆき子はこの時になって、始めて、家中の者が、どれほど自分を愛し、一緒に暮すのを悦んでくれるか思い知ったといっても過言ではないのである。
 彼女は、またもとの自分の部屋である六畳に机を据えた。結婚するまで六七年の間、あ
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