仕合せ!」
「いやなおかあさま!」
 二人は声を合せて笑った。
「とにかく――ほんとにおいで。歓迎してあげるよ。久し振りだものねえ……いつだったか、一晩泊って行ったきりだったろう?」
 住居が近所なので、顔を合せる機会はあっても、共に心置きなく寝起する楽しさを久しく取上げられている寿賀子は、気の毒なほど悦んだ。彼女は、思わずゆき子が、溢れ出す愛を感じたほど、暖い心と眼で、迎えてくれたのである。
 ゆき子は、万事が上々吉の喜びで、飛ぶようにして、家へ帰って来た。
「大丈夫! きっとうまく行くことよ。随分かあさまも嬉しがっていらしったわ。有難う、ほんとに。若しうまく行けば、お礼なんか云い足りないわね」

 真木の立ったのは、麗らかな四月の第一日であった。爽やかな白っぽい朝日が、やや取散らした八畳の座敷に微風と共に流れ込んだ。ゆき子は、軽装で沓脱石の上に立った真木に頬を差出しながら、
「行っていらっしゃいまし。どっちもおうち[#「おうち」に傍点]へ帰るのね」
と云って笑った。
 数刻の後、彼女は家を片づけ戸締りをし、極く必要なものだけを小さいスーツ・ケースに入れて、晴々と希望に満ちて×町へ来
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