れている現実の力つよい示唆が潜んでいることを感じるのである。
近頃婦人ばかりの名を連ねて結成された二つの会が、世間の注意をひいた。一つは娘の自殺によってひびだらけであった家庭生活が崩壊した元の桜内代議士夫人その他があつまってこしらえた「女ばかりの株式会社」であり、他の一つは、理学博士、医学博士というようなひとの夫人の一部によってこしらえられた「断種協会」である。
女ばかりの株式会社は、要するに御亭主の支店のようなものであり、女の細心で儲けて見せますというたちのものである。大阪辺では女ばかりの株式会社も既に珍しくはないであろう。アサヒグラフか何かに、この女株式会社の女重役連の顔合わせの宴会の写真がのっていた。私はその写真を見て、立派な裾模様の上にのっている白粉の濃い女の顔の表情に、衣裳によって引立てられるほどの美も漂っていないのに或る感想を刺戟されたのであった。
断種協会は、この社会の不幸である悪質の病気、アルコール中毒等の遺伝から子孫を防衛するために、そういう変質者、病人の断種を人道上の常識としようとする科学的立場によって、組織された会である。
産児制限を、不道徳であると婦人科の女医師である吉岡彌生女史が数年前言明したことは、一般の人々を呆然とさせた。科学に従事する者の間にさえそういう迷蒙の残っている現代の理性の水準である。男の医者その他の人々の中に、優生学の見地にたっての断種にも、賛成しない考えがあるらしい。それに対して、断種協会は、女として母の立場からも、断種の社会的意味をひろく理解させようという意企のもとにつくられたと思われるのである。
ごく最近、私の一人の従弟は、遺伝性の脳梅毒で発狂したピアニストの卵に危く殺されかかった実例がある。私の五つで死んだ妹は、やはり脳に異状が起っているのを心づかず治療をまかせた医師の手落ちで死亡した。
私は、変質者、中毒患者、悪疾な病人等の断種は、実際から見て、この世の悲劇を減らす役に立つと信じる一人である。
結構なことであると思ったのであったが、私の心にはこの事につれ、おのずから又別様の観察が湧いた。有名なイタリーの犯罪心理学者であったロンブロゾーは、人間の頭蓋骨の発達の型や、顔面の角度の関係やらを統計して今日でも適用されている所謂犯罪型という一タイプを規定した。更に彼はこれらの先天的に犯罪型の頭蓋をもって生れ、何か犯罪をやって現に拘禁されている者の両親は、大抵揃っていず女親だけで、その女親も売笑婦が高率を占め、又その女たちはアルコール中毒にかかっているか、さもなければひどい酒呑みが多いと結論している。ロンブロゾーは、そこまで社会の現象を探求したのであったがそこからは元へ戻って、だから犯罪型の人間は目下地道に暮していようと先天的な犯罪可能者であるという宿命論めいた断言を強めているのである。
ロンブロゾーの現実の掴みかたは、現象主義で、目前にあらわれていることだけの統計によって自説をかためた。彼は、一歩進んで、それならば、犯罪型の頭蓋骨をもち、脳の発育の型をもった者の両親は、何故に片親となったか、何故女親は多く売笑婦になっているか、のんだくれであるかという、社会関係に迄つき入って、人間の生理を研究する力をもち合していなかったのである。
ロンブロゾーは、警察官の先入観念に一つの犯罪型という骨相上の分類を加えてやったが、失業と夫婦生活の破壊との生々しい関係、失業と売笑との直接な関係、大多数者の慰安ない生活と低劣なままに繋ぎとめられている文化水準とアルコール中毒との具体的関係、ましてや戦争の後帰還兵によって伝播される花柳病の恐るべき問題などについては、科学者として一刀をも切りこんでいないのである。
断種の科学性と人類を幸福にする効果とをひろく理解させようとする夫人達は、果してどの位深刻に、真に断種すべきものは男性の或る分泌腺ではなくて、一切の社会悪と疾病との根源である社会そのものの歪んだ非人間的構成であることを観察していられるであろうか。私が、心を捕えられた一点はそこにあるのであった。
ソヴェト同盟を旅行していた間に、私はいろいろのことから意味ふかい印象を与えられたのであるが、肺病、梅毒、アルコール中毒等が、旧社会から民衆の上へ重荷としてのこされた社会病として、驚くべき大規模で掃蕩に着手されていたには目を瞠った。労働者のクラブには衛生陳列室があって、性病とその遺伝の害悪を模型や図解で示し、肺病、癲癇《てんかん》、アルコール中毒等についても若者たちの具体的、日常的要心を喚起している。
竹内茂代女史は、日本女子の体格分類統計をもって医学博士になられた。彼女の博士論文から引出された論によると、女学生の体格は統計上背が高くすらりとしたタイプであり、女工たちの体はずんぐりで低く、四
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