Aと定ってしまった処に――現在の社会では、定めるべく余儀なくされる処に、第一の苦源があるんです。だから、双方の感興、新鮮さを溌溂とさせて置くためには、どうしても感情的変化に富んでいなければならない――或る不安、緊張、亢奮が薬になるんです。
みさ子 (真面目にきき、考えつつ、疑わしそうに)そうお? そうかしら――そういう胸のわくわくするような心持は、恋人同志の時代のものじゃあなくって? 若しかしたら(笑う)恋人前期よ。恋人だって、お互のほんとの愛がわかり、信じられたら、そんなに気は揉まないんじゃあないかしら。勿論、相手の人が、どれだけ自分を愛してくれるか、まして、好きか嫌いかさえ解らないうちなら、不安にもなり、緊張もするだろうけれど。
谷  結婚してしまうと、男も女も、皆そういう楽天家――凡庸主義に堕してしまうから、生活が重荷になるんですよ。大抵の女の人が会って面白いのも、結婚する迄じゃあありませんか。一旦、奥さんになったとなると、誰某アンネックスで、まるで気抜けになってしまう。
みさ子 だけれども、生活が気持よく行くというのは、ただ相手の技巧や「面白い人」許りではなくってよ。面白い人間
前へ 次へ
全37ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング