(ひとりでに、活々とし)まあ、よくいらしったわね。今日は。
英一 今日は。
みさ子 先ほどは、お電話をありがとう。
英一 どう致しまして。
谷 実はね。あの電話は、僕がせっついて掛けさせたんですよ。たまに上るのに留守をくわされては堪りませんからね。
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谷、英一、各々ほどよい処に自分で席を定める。
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みさ子 (縫取を片づけながら)そうだったの? 大丈夫よ。私共が二人で留守をすることなんか、一年に、ほんの数えるほかありはしないわ。
英一 然し、何にしろ、素晴らしい天気だからな――戸外《そと》は、なかなか暑いですよ。――一寸そこをあけてようござんすか?
みさ子 ああ、どうぞ。ほんとにね、ずくんでいるもんだから……
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英一、フォールディング・ドーアの一方を開く。
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みさ子 (其方に顔を向け)ああ好いこと。まるで夏のようね。
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英一、席に戻る。
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みさ子 この頃はいかが(笑顔で二人に)相変らず?
谷 別に目醒ましいほどのこともありませんね。教師は教師で、生活難で萎縮し切った講義をやるし、学生は学生で、浮腰だし……(それとなく室内を見廻す)
英一 おまけに君は、中で一等の遊動体だろう(笑う)――それにしても、随分会いませんでしたね。あの音楽会は、何でも正月頃だったでしょう?
みさ子 もうそうなること? ミス・ペブロスカの時だったわね、あれは――
英一 ざっともう半年だ。あなたの方にこそ、興味津々たる話があるでしょう?
みさ子 (笑わず)そう見えて?
英一 (稍《やや》てれ)詰問されても困るけれど……(苦笑)相変らずですね。
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きよ、茶菓を運んで来る。皆黙っている間に、配り終り、静に退場。沈黙を破り、
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谷 (みさ子に)奥平さんは? お変りなしですか?
みさ子 ええ有難う。相変らずよ、表ばかり拵えているわ。
谷 はは、表ばかり! か。――(さりげなく)ほかにお客様はなしですか?
みさ子 なし。ある筈だったんだけれども――
英一 (急に大笑いをする)ははははは。三郎、到頭兜を脱いだな?
谷 ――(知らぬ振り)
みさ子 いやね、いきなり。どうなさったの?
英一 何ね。(谷を顧み)いいだろう?
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