め、元気を失い、詰らなそうに、ぐったりと傍の長椅子にかける。
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みさ子 (ひそやかに、独白)ああ、どうして、ああなんだろう……?
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長椅子の端に肱をつき、凝っと前を見つめ考えに耽る。やがて、寂しさに堪えられないらしく、急に立上り、書棚の傍のベルを押す。きよ登場。
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きよ お呼びでございますか?
みさ子 ああ、あのね、私の部屋へ行って、やりかけのスティッチを持って来て頂戴な。
きよ はい。(去る)
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みさ子所在なさそうにヌックの方に行き、腰を下して、花壺の花をいじる。寧ろ、心は内へ内へと沈み、指先だけが無意識に微かな運動をするという風。
きよ、愛らしい紅色の繻子張小籠を持って来る。
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きよ これでよろしゅうございますか?
みさ子 有難う――鋏があったかしら(籠の中を一寸検べる)ああ、これでいいわ。それからね、お客様がいらしったら、直ぐこちらへお通しして頂戴。私ここにいるから――
きよ はい――。先ほどのお菓子は、いつものお皿でよろしゅうございますか?
みさ子 ああいいわ、あの花のついた方ね。
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きよ、軽く会釈して行きかける。
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みさ子 あ、きよや、旦那様は何をしていらっしゃるの?
きよ (立止り)さあ……先ほど、御書斎の方においで遊しましたが……
みさ子 それならいいのよ。有難う。
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きよ、去る。
みさ子、卓子の上の小籠から、白い、センター・ピースを出し、ぽつぽつ縫取を始める。けれども、心は落付かず、折々凝っと、細い指に嵌《はま》った結婚指環を眺めたり、我と我心をなだめるように、髪を撫であげたりする。感じは内に満ち、満ち、而も、表すに途のない素振り。ほどなく、垂帳の裏から、
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きよの声 奥様?
みさ子 (頭を押えていた手を落し)なに?
きよ (部屋に姿を現し)橋詰様がいらっしゃいました。
みさ子 おひとり?
きよ いいえ、あの……
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云い切らないうちに、足音。若い男の声。
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谷  僕も一緒ですよ。
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谷三郎、橋詰英一、連立って快活に現れる。
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谷  やあ! 今日は。
みさ子
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