オたもんですね。(笑う)然しね、これは、青二才の僕が云うのじゃあなくて、ちゃんとした大学者も云うことですがね、異性間の感情というものは、決してそれほど簡単明瞭に片の付かないものなのです。だから御覧なさい、あなたの方こそ、そう、はっきりしているけれども、それが果して奥平さんの胸にどれだけ響いているか、疑問でしょう?
みさ子 ――それは解らないわね。安心しているのか、もうどうせ他に向きようもないときめて、放って置くのか、……。
英一 (突然、口を挾む)こういう問題は、議論すべきものじゃあないと、僕は思うね。時間が自ら証明する。まして、みさ子さんなんか、失礼だけれども、結婚してから、半年ほかほど経たないんだもの。傍から攪乱するようなことは……。
谷  ――攪乱は穏やかでないね。――君は、みさ子さんが、僕の一寸云うこと位で支配される人だと思うのか?
英一 (曖昧に)そうじゃあなかろうさ。然し――
谷  それに、夫妻というものだって、どれほど、鶴と亀とでお伽噺にしようとしたって、結局生きている人間の、男性と女性との生活だろう?
英一 そんなことは定っている!
谷  それなら、一般論として、男性女性の相対的関係を話したって、どこに悪い処もない筈だ。
英一 (焦々し)一般論に止っていればよいさ。然し僕は……
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谷の、耀いた、冷静な眼で見つめられ、英一、むしゃくしゃとなる。
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谷  仕舞まで話させてくれ。――それでね(みさ子に向い)人間は通性として、反動的なものです。自分が、何なく手に入れられ所有されると定ったものには、何といっても興味が薄れ、無感興になってしまうが、どうも難しい、余程の忍耐や手段を講じなければ、到底指も触れられないとなると、たとい、実際そのものの価値は低くても、人間は熱中し夢中になる。だからまあ、選挙などというものが、飽きもせず亢奮的《エキサイティング》な訳でしょうがね。――同じ心理が、矢張り、異性間の感情にもあるのです。
みさ子 (率直に)思わせぶりがいいの?
谷  まさか!(苦笑)そればかりということじゃあありますまい。――然し、夫婦の感情が鈍重《ダル》になるのは、確に一つは、互がもうすっかり互の所有になりきって、動きの取れない処にあるんだろうと思いますね。一方からいえば、もう死ぬまで、厭でも応でも、この男、この女
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