うだったろう。きっと相手の顔をぴっしゃり打ちかねず怒ったに違いない。
 それから後殆ど日参するようにして、ようよう心の解けた今は、もう一つの淋しい笑話となってはいても、何かの折にお恵さんの顔を見ると、そのことを思い出さずにはいられない。それを思い出すと、流石の彼女も再び神の怒と恩寵とを説くほど厚顔にはなれない。お恵さんが行違いを二人の間だけのこととして、誰にも洩さず、自分の不注意をかばっていてくれることは、お幾にとって、譬《たと》えるもののない恩恵であったのである。
 こういういきさつを経て、二人の友情はまた元通り濃《こまや》かなものになった。が一方お幾の信仰談は、傍から想像もつかない位しおらしい遠慮で憚られているうちに、お恵さんには更に第二の不幸が襲って来た。
 せっかく十まで育て上げた唯一人の男の子が、急性肺炎でたった三日入院したばかりであえなく死んでしまったのである。
 その時、お幾の尽した親切というものは、恐らく親身の姉もそれには及ぶまいと思われるほどのものであった。
 実の兄はありながら、寡婦になったお恵さんを厄介者扱いにして、悲しみの最中に、一遍の形式的な悔みを述べに来たき
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