から、ただの一度でもお恵さんが晴々と高笑いしたのを見たことはなかった。家柄はよくても、失敗続きで不自由勝ちな両親の手許から離れたかと思えば良人は、生れつきの病身であった。その日の暮しにこそ困らなくても、片時も心の安まる暇のないうちに、こうやって突然子供を抱えて、後に遺されるような目に会わなければならない。――
 今だに両親さえ健全で、普通世間で幸福と呼ばれるあらゆる幸福を一身に集めているお幾には、これ等の苦痛は、想像以上の苛責とほか思われなかった。彼女には考えても見られない。その恐ろしい苦しみを後から後からと、よく、どこまでも背負って行くと思って見ると、慎ましい小柄なお恵さんの姿は、さながら悲運の使者のようにさえ見える。ほんとに若しこのまま続いたら、仕舞にはどんなことになるだろう。
 お幾の頭には、ふとしたことからつい半年ほど信仰し始めた、天理教の教が何時となく浮み上っていた。あの教では、人が思いがけない不幸や災害に遭うのはきっとその人が、何時か神の御心に添わないことをしているからなのだというのを、種々様々な実例を引いて話されその言葉を信じている彼女は、やはりこの場合にも同様の理論を当
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