あまり突然だったためか、家中は、気味の悪いほどしんとしている。その寂寞の中で自分の気勢《けはい》に我ながらハッとしたお幾は、袂で啜泣を押えながら、廊下を抜けて勝手知った主人の居間へ行った。そこには、平常よりなお小さく、なお瘠せて見えるお恵さんが、ぽつねんと幼い二人の子供達に守られて、とりまわした逆屏風の此方に坐っている。――
「まあ、お恵さん……」
彼女は、いじらしい友達の様子を見ると、声を立てて泣き咽《むせ》びながら、べったりとそこに坐ってお辞儀をした。
「いったいまあ、何ていうこってしょう!」
肥った丸い顔中を、涙でぐっしょり濡して、にじり寄ったお幾の顔を見て、今まで泣こうにも泣けなかったお恵さんは始めて涙の解け口を見出した。
左右に怯えたような子供達の肩を抱き擁えながら、
「おいそがしいのに早速来て下すって……」
と、云いながら頭を垂れ、膝の上にポタリポタリと涙を落すお恵さんの様子は、どんなに強くお幾の胸を打っただろう。
灯もつけない薄闇の中に、微かな鳴声を立てて寄って来る蚊を追いながら、彼女は痛々しげにこの不仕合わせな友を眺めた。
「本当に不幸な方……」
彼女が知って
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