重そうな胸の中に蔵されていたのである。
もうそれは足掛三年ほど前のことである。
八月も末近い或る夕、蚊遣を燃《た》きながら、竹縁で風を入れていたお幾は、思い掛けず、お恵さんの良人が死去したという報知に驚かされた。
広田さんの病気は、昨日今日に始まったことではなかった。もう半年ほども腎臓が悪く、近頃は暑気でめっきり弱ったことは、知り抜いていたのである。がげんにその前の日見舞に行った時に、衰えてこそおれそんな急なことはありそうにもなく美味そうに梨の汁などを啜っているのを見て来た彼女は、それを聞くと一緒に、
「死んだ? 広田さんが? お前何か聞き間違ったのじゃあないかい」
と念を押したほど、仰天した。勿論一刻も猶予してはいられない。あわてる女中を急き立てて喪服に更えるとお幾は、帯留を啣《くわ》えたまま、俥に乗った。折悪しく近所の工場の退け時で、K町の狭い通りは浅葱色の職工服や空の荷車で夕闇も溢れるほどの混雑をしている。
その間をようように抜けて質素なお恵さんの家の小門の前に梶棒がおりると、彼女は、もう堪らなさそうな泣顔になりながら、取次の女中を突のけて奥の間へ馳け込んだ。
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