った『谷底へ落ち切れ』でね、神様から拝借ものの体を、我慾で劬《いたわ》っているうちは、どうしたって、本当の道には達しられないのです」
自分の雄弁に自ら酔い、謹聴してくれる友の顔を見ると、お幾は、自分の身などを顧る余裕がなかった。福音の伝道者のように、彼女は亢奮を覚えた。
単純なお幾は、それなら、実際、自分がどれだけの労役を信仰のために勤めているか、また、お恵さんの生理的状態は、事実に於てどうなのか、考える暇もなく、熱烈な発奮を促したのである。
彼女に、仮借しない調子で、
「あなたの御信心は、そもそもの始りから、自分一身だけの安楽のためばかりでは、おありなさらないでしょう? いわば購いのためなのですものね。広田さんや誠之さんが、仕合わせな甘露台にお住みなされるように、また、この世では淑子さんも幸福でいらっしゃるように、御寄進をしていらっしゃるのでしょう」
と云われると、始めは、稍々《やや》驚のみを以て聞いていたお恵さんも、友の言葉に耳を傾けずにはいられなくなった。全く、神の心は、計り知られない。いつ、どこに、どんな啓示が潜んでいるか解らない。亡くなった良人、息子、また、ただ独り、い
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