も」
 床の上に坐り、羽織を着換えながら、お恵さんは、いつもの穏やかな調子で、反問した。
「峠にかかるにしては、あまり早いじゃあありませんか。お話を伺い始めて、いくらにもなりませんよ」
「時からいえばそうですけれどね――同じ痲疹《はしか》でも、早くしてしまう児と、大きくなってする子とありましょう? やっぱりあれと同じですわね。あなたも、ほんとの信心に入れる者か入れない者か、神様のお試しに逢い始めなすったのではないかと思いますよ」
 お幾さんは、それから、聴きての心を傷《そこな》わないように、しかも、自分の足場は一歩も譲らない熱誠で、神の懲戒ということを説明した。
 人間が、ただ肉体の安逸のみを貪る時、現れる神の憤りは、どれほど激しいものであるか。教祖ほどの卓越した婦人でも、自分の勝手から、何か神の御旨を奉じないことがあると、他人の力や薬の力では、何ともしようのない苦悩に遭った。あなたの体の苦しいのも、或は、魂のどこかに、怖ろしい懈怠心が起り始めたので、神様が予告して下さるためではないだろうか、というのが、お幾の推論なのであった。
「ほんとに、信心は、一大事ですよね。全く教祖様のおっしゃ
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