そうね、どの位あるか」
お恵さんは、ぱっちりと眼を開け、心持上目で笑い出しながら、お幾を見た。
「あなた、御自分でお歩きになったことがあって?」
お幾も、この、穏やかな問いには、急処を突かれた心持がした。半分は大儀から、半分は、余裕のある生活の習慣から、彼女は、十町と、自分の足で歩いたということはなかった。
電車の通じる東京でありながら、それを利用出来ない不便な町筋を、寒い朝まだき、小一里歩かなければならない者の苦労を、お幾は、思っても見なかったのである。
さすがに彼女も、直ぐには次の言葉が継げなかった。然し、お幾は、間もなく生れ付きの楽天的な気質で、さらりと心を取なおした。今、これ位のことで怯んでいるべき場合ではない。若し一寸でも、お恵さんの心に懈怠心がきざしているとしたら、それを剪《つ》んで、本道に還して遣るのは、自分を措いて、誰がするだろう。
「ねえ、お恵さん」
お幾は徐ろに、口を切った。
「私は、どうもあなたの信心も峠に掛って来たと思いますよ。御自分ではまだ気がおつきなさらないかもしれないけれど――私も、随分、いろいろな人を見ていますからね」
「そうでしょうか……で
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