恵さんのためにも、ここで止めては、今までの辛棒も、まるで無になると、思わずにはいられなくなったのである。
 まして、物事には、何でも峠がある。字を稽古しても、琴を習っても、始めの間は面白いように上達する。こんなに手が上るかと、驚ろかれるほど進歩する。然し、或るところまで行くと、急にぴったりと先が塞《ふさが》り、もうどうにも仕方ないように感じることがある。いくら努めて見ても、目に立つ進境はなく、仕舞には、絶望の吐息と一緒に投げすてて終いたくさえ思う。信仰にも、同じように、そういう試みの時期があるのを考えると、尚更、お幾には、黙っていられない心地がした。
 自分でも経験がある。そこさえ辛棒し、目を閉った気で根を尽しているうちには、いつか晴れ晴れとした天地に入れる機運が廻って来るのである。
 水を割った葡萄酒などを飲み、幾分元気になった頃、お幾は、そろそろとお恵さんに尋ねた。
「あなた、この頃も毎日通っておいでなの?」
「ええ。通ってはいますけれどね……なにしろ遠いので――今日なんかはやっと家まで辿り着いた位ですわ」
「遠いったってお恵さんS町までですもの。ここからそんなじゃあありますまい?
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