に、怯えている娘を引立てた。
「この大きなおばさまが手伝ってあげるから、お母様をお部屋に入れてあげましょう」
 急いで展べた床の上に、羽織も何も着たまま横になると、お恵さんは暫く、身動きもしなかった。
 この天気のよい日に、彼女の額際から頬にかけては何ともいえず蒼ざめた寒い色が漂っている。薄い眉の下に、小さく寂しげに閉じた瞼の形、唇を微に開き、だんだんゆっくり深く呼吸し始めた友の胸の辺を、お幾は息を潜めて見守った。
「お医者様を呼ばないでもいいかしら……」
 独言のような彼女の呟きに、お恵さんは、間を置いて、静かな声で返事をした。
「もう大分楽になりましたわ、ありがとう……ようござんすよ」
「大丈夫ですか?――どうしたんでしょうね」
 傍から、淑子や女中が、近頃、彼女は、よく遠道をした後に、胸が苦しいと云っては暫く横になることがあると説明した。
 時には、指の先まで冷や冷やになり、気でも遠くなるのではあるまいかと思うことさえある、と云う。
 女主人と、まだ幼い娘きりの家に仕え、万一、何事かあると、第一責任は、自分が負わなければならないような位置にいる女中は、よい機会に、出来るだけ、お幾
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