を嵌めた格子の前に立って案内を乞おうとすると、中からは、何かただならぬ気勢が洩れて来た。
二三人、人が塊《かたま》って何かしているらしい。他に来客でもあるのかと、瞬間躊躇したお幾は、間もなく、
「お母さん、お母さん、これ!」
と叫ぶ、遽しい淑子の声に驚ろかされた。
「奥様、お湯を……大丈夫でございますか?」
おろおろした下女の声に混って、聞き取れないほど低くお恵さんが何か答えるらしい様子がする。
お幾は、がらりと格子を開けた。見ると、上り框《かまち》に、真蒼な顔をしたお恵さんが、女中の腕に抱えられるようにして、腰かけている。鬢の毛をほつらせたまま、危うく首だけを延して、娘の手から、湯か水かを飲もうとしているところなのである。
「まあ! 奥様」
助かったというような女中の声と、
「どうなすったんですよ! まあ」
と云うお幾の言葉が、同時に二つの唇から迸った。
「お帰りになると、急に胸が苦しいとおっしゃいましてね」
「――息が迫って息が迫って……」
お恵さんは、コートを着たままの体を、物懶そうに起した。
「とにかく、こんな端近じゃあ仕方がない。さあ淑子さん」
お幾は、強いて快活
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