福を身に備えた者が、それ等の甘美な恩寵から、不意な災禍で追放されることを恐れて始めた「信心ごと」は、不幸に不幸を重ねた者が、底の底から求めて神に双手を延した心持を、そう容易く直感することは出来ない。――
 然し、お幾は、長く「考えても解らない理窟」に拘泥する質ではなかった。彼女は間もなく持前の愉快さを回復した。
 長い時間と、身が切られるような失敗を経験させられた友が、ようよう来るべき所へ来たのだという感動と、その道では先輩であるという明るい誇とで熱くなったお幾は、お恵さんが折々目をあげて彼女を見たほどの雄弁で蓄えられていた神の加護を披瀝した。
 翌朝七時にもならないうちに、お幾は、ことごとしい紋服でお恵さんの家を訪れた。彼女に連れられて、お恵さんは生れて始めて、注連《しめ》を張り渡した天理教会の門を潜ったのである。

 とうとう、お恵さんを天理教の信者、少くとも信心への第一歩を踏み出させたお幾の悦びは、例えるものもないという風に見えた。
 友達に会うと、彼女は一人一人に、
「まあ今度は、あのお恵さんもね、我を折ってとうとう神様にお縋り申すようになりましたよ。有難いもので長年の誼《よし
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