たが、飯田の奥さんの顔色がただでなく石川に見えた。
「――いよいよ十八日立前になりますが――いい天気にしたいもんです。……奥さんもどうかおいで下さい、やっぱりああいうときは、御本人がいて下さると下さらないでは張合が違いますからね」
「――実はそのことで急に上った訳なんですがね――十八日に間違いなく立前出来ましょうか」
 石川は、どういう意味か分らず、濃やかに蒼白い奥さんの横顔に眼を注いだ。
「こっちの仕度はゆっくりですが……何か御都合の悪いことでも起りましたか」
「本当にこんなことになろうとは夢にも思っていなかったのにねえ」
 奥さんは、黒い竪絞《たてしぼ》の単衣羽織の肩も俄にこけたような顔付をして、
「肝心の幸雄の工合がわるくなりましてね」
と云った。
「道理でこの頃お見えなさいませんでした。どうしなさいました?」
「どうした故か頭の工合が悪いらしいんです。……恥をお話ししなければ分らないけれど、急に暴れ出しましてね、刃物三昧しかねない有様なんですから、……本当に……」
 石川は、幸雄の寧ろ女らしいくらいの挙動を知っているので却って信じ難いようであった。
「前からそんな癖がおありだっ
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