たんですか?」
「いいえ、それどころか、内気な代り私みたいな者の子と思えないほど学校だって出来ていたんですよ」
 さし組んで来る涙を銀鼠の絞縮緬の袖で押えながら、奥さんは、
「大学を来年出るという間際にこんなことになるんですからねえ」
と淋しく頬笑んだ。石川は、挨拶のしようなく感じた。奥さんが極く若いときの子と見え、幸雄がぞろりとした和服でなどいると、母子には見えないようであった。それ故母親が猶気の毒らしかった。医者がとても家には危くて置けないから病院へ入れろと云うが、普通に云って聞くことでないから、立前を口実にこちらへ寄来す手筈をしてこちらから無理やりにでも病院へ連れ込むというのであった。
「飛んだことになって、まことに御迷惑でしょうが、職人衆には何とでもしますから、どうぞよろしくお願い申します。――そりゃ勘が早いんですから、くれぐれも知らん顔でね――ただどうぞ刃物だけは届かないとこへ始末させといて下さい。万一とんでもないことを仕|出来《でか》したりすると申訳ありませんからね……」
 十八日は、空の色が目にしみる快晴であった。五月で、躑躅《つつじ》が咲いていた。濃い紅の花が真新しい色
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