る身分の高い人との間に生れた一人息子で、相手の死後あり余る手当で生活しているのであった。
「この家だって、幸雄がいずれ一家を構える場合を考えて建てる気になった訳さ。小さいとき引き離されていたりしたから幸雄の方じゃ大した気持もあるまいが、生んだものにして見れば親一人子一人の境涯だからね」
 なるほどそういう心持であったかと、石川は二間続の離室に好意を感じながら図面を見なおした。
 三日経つと立前《たてまえ》という晩であった。
 夕飯をしまって一服していると、
「今晩は」
と若い女の声がした。
「どなた」
 女房が、流しの前から応えた。
「石川さんはいらっしゃいましょうか」
「ええおりますが――どちらさんです」
 手を拭き拭き出て見ると、それは女中を連れた飯田の奥さんであった。
「おやまあ失礼いたしました、さあどうぞ」
 その声に石川も顔を出した。
「や、大変おそくお出かけでしたな、どちらからかお帰りですか」
 飯田の奥さんは大儀そうな風で、黒いレースの肩掛けを脱した。
「この間じゅうはだんだんどうもお世話様でした。私もちょくちょく来たいとは思っても何しろ遠いもんですからね」
 茶など勧め
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