どあった。母親もそうだが、この大学生にもどこか内気に人懐こいようなところがあった。草を拉《ひし》いで積み重ねた材木に腰かけ、職人達に蕎麥《そば》を振舞い、自分も食べた。
「まずい蕎麥だなあ」
「そりゃ市内からいらしっちゃ蕎麥や鮨は駄目です」
「こんなのっきゃないのかい」
「何にしろ一軒ぎりですからね」
「ふうむ――いい店出したって立ち行かないんだろうね」
「顧客の数がきまってますからね――若旦那、御卒業なすったらこちらからお勤めですか」
 幸雄は、植える松の根を、職人が多勢かかって締めているのを見ながら、
「勤めなんかいやだねえ」
と答えた。
「何です? 法律ですか御専門は」
「経済だよ」
「――実業家ですね」
「…………」
 幸雄は、母親のことを石川に話すに、決してお母さんとか、それくらいの年頃の若者らしくおふくろなどと云わなかった。新橋、新橋と云った。
「新橋も今年の夏はこっちで暮らしたいらしいよ、間に合うだろうかね」
 現在新橋に住んでいるのでそう呼ぶのかと石川は思った。すると或るとき、原宿の手塚が、
「あの人も、元は新橋で鳴らしたものさ――太郎って云ってね」
と云った。幸雄は或
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