は、一言の下に、
「玄人さお前さん、一目見たってわかるじゃないか」
と断定した。石川は、南洋の無人島で終日遙かな水平線ばかりを見詰めていたときから、上瞼が少し重たく眼尻のところで垂れ下っている船乗りらしい眼付になった。その幅広な視線で、元気な石女《うまずめ》の丸まっちい女房を見下しながら、
「それは分っているさ……だがね」
「だがね、どうなのさ……」
「……ふむ!」
「いやだよこの人ったら……」
 女房は、やがて、
「でもいい装《なり》をしてなすったねえ」
と云った。
「何でもなさそうにあんな指環はめていられる身分になりたいねえ」

 工事が進むにつれ、原宿に住んでいる手塚が二日置きくらいに見廻りに来た。一緒に幸雄という息子も来るようになった。二十三四の母親似の若旦那であった。角帽をかぶっていた。
「若旦那――大学ですか」
「ああ」
「本郷ですか」
「うん」
「御卒業はいつです」
「出してくれりゃあ来年さ」
 面長で顔の色など、青年にしては白すぎた。いかにも母親の注意が細かに行き届いた好い服装をし、口数の尠い男だが、普請は面白いと見え、土曜日の午後からふらりと来て夕方までいて行くことな
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