泥でよごれた足の裏のままずかずか縁側に上った。
「お茶もっといで」
お茶が来た。
「お茶菓子もっといで」
幸雄は、
「石川、お菓子おあがりよ」
とすすめた。すすめながらも、幸雄は牡丹の花に見とれているのがありあり分った。実際少し遠のくと重々しく艶な淡紅の花の姿全体が、サクサクした黒土との配合、品よく張った葉の繁り工合とともに、却って近くで見るに増した趣がある。掌に、皮が干上って餡から饐《すえ》た臭のする桜餅をとって貰いながら石川は、
「――来年は一つ株分けをやりましょうな」
と云った。幸雄は何日、間に日が経っていようと、この前石川が来たとき買わせた菓子の残りをきっちりしまっておいて、丹念に次にもそれを出すのであった。
「あしたの朝、あの方もさくね」
「もうあすこまで開くと一息です」
「……いいねえ……」
恍惚と和いだ眼に限りない満足の色を泛べて見入っていた幸雄は、とてもその素晴らしい花から遠のいていられないらしかった。彼はまた下駄を穿いた。そして、花壇に近づく一歩一歩を、味い楽しんでいるかのように静かに進んで行った。やや暫く眺めあかした後、彼はそっと片足下駄のまま花壇に踏み込んだ
前へ
次へ
全28ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング