木などの職人は勿論、井戸替、溝掃除、細々した人夫の需要も石川一手に注文が集った。纏《まとま》った建築が年に幾つかある合間を、暇すぎることもなく十五年近く住みついているのであった。
 五年前、桜が咲きかける時分石川は予期しない建築を一つ請負うことになった。十五日の休みで、彼は家にいた。裏のポンプのところで、下駄屋の犬とふざけていた。すると、女房が遽《あわただ》しく水口から覗いて、
「ちょいと! お前さん」
と変に熱心なおいでおいでをした。石川は、なお尻尾を振って彼の囲りを跳び廻る犬を、
「こらこら、さあもう行った、行った」
とあしらいながら、何気なく表の土間に入った。上《あが》り端《はな》の座布団に男女連れがかけていた。入って行った石川の方に振り向いた女の容貌や服装が、きわだって垢ぬけて贅沢《ぜいたく》に見えた。
「いらっしゃいまし」
 せきが土間に立ったまま、
「事務所からきいておいでなすったんですってさ」
と云った。イムバネスを着た年配の紳士は、
「いそがしいところをお邪魔だろうが、一寸相談して見たいことがあったのでね」
と云った。石川は始めその男女を、世話されている者、している者と
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