探りで素早くステッキを取ろうとした。ステッキはもうそこにはなかった。
「畜生!」
いかにも口惜しげで、石川の心に同情が湧いた。幸雄の二の腕を背広の男が捉えた。
「何する!」
「おとなしく君が病院へさえ来れば何でもないんだ」
「騙したな? よくも此奴! 退《ど》け! 退きゃがれったら!」
幸雄が藻掻《もが》けば藻掻くほど、腕を捉えている手に力が入ると見え、彼は顔を顰《しか》め全身の力で振りもぎろうとしつつ手塚と医員とを蹴り始めた。朝日を捨てて、詰襟の男が近よった。
「おい、若いの、頼む、押えつけてくんな」
そのときは桁の上に登っていた男まで降りて来て囲りにたかり見ていた。
「どうだいこれは。――よりつけやしない――二三分でいいんだ、これを巻くまで手をかしてくれ」
麗らかな日光にキラキラ光る白木綿を見ると、幸雄は一層猛り立った。
「どけ! 放せ! 放せ!」
三人の男が扱いかねた。一人が腰を捉まえた拍子に、ビリビリ音がして単衣羽織が綻《ほころ》びた。必死で片腕にぶら下っている手塚が殺気立って息を切らしながら、
「拘わん、拘わん」
と頭を振った。
「遠慮している場合じゃない、おい!
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